2006年12月 1日 (金)

A Case of Identity

いや、まったく、私の、このブログときたら、支離滅裂で、身勝手で貧弱、さすらいの渡り鳥ならまだしも、わざわざここへおいでくださる方にはいつも申し訳ないと思っています。その点、上村昌夫さんの翻訳blogはお勧めです。

先日は、『A Case of Identityの訳題』で私の『同一人物』について、訳文はいただけないが題名は賛成、とおほめいただいた。しかし、喜んだのもつかの間、すぐにそれに反対するコメントが寄せられた。この反対論(その内容については上記リンクを参照していただくとして)そのものは予期していたものであり、それでもこの題はぎりぎりのところで成立するのではと高をくくっていた。ところがさにあらず、浅慮、浅慮、反対論に再反論しようとすると(私はいかなるものに対しても反論などはしたくないのでただ自分の考えを述べるだけだが、それでも)傷口を広げるだけであり、すなわちそうした反対論が予期されるだけで既にこの題名は破綻していたのである。従って、同一人物様には花婿ともどもお引取り願うことになった。ではどうするか--どうせ上手に訳せないなら『消えた花婿』で上等であり、そうしたほうが私も楽であり、先人が考えた末につけた題名はそれなりに妥当なはずであり、また懐かしく読もうという方にはなじみの題のほうがいい。しかし、たとえ六十億人に仲人口をきかれても、一度捨てた花婿とよりを戻すには時間の助けが必要だ。で、とりあえず、暫定題をつけておくことにしたが、あれはどうもねえ・・・

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2006年11月 5日 (日)

まだらの紐

私が初めてホームズ物を読んだのは子供向けの全集に入った短編集だった。記憶違いでなければよりぬき物で、赤毛連盟や踊る人形などとともにまだらの紐も入っていたと思う。当時の印象を思い起こすことはできないし、その後何度か読みかえしたので、もはや『まだらの紐』という言葉に対する白紙の印象を想像することもできないが、この題名が強く印象に残ったこと、それを聞いただけで物語の不気味な感じがよみがえってくるのは確かで、従って、内容にふさわしい邦題だったのだろうと思う。これが『まだらのバンド』とか、ましてや『縞々帯』とかいう題ではそうはいかないだろう。尤もこれは子供心に刷り込まれたものがそう感じさせるのかもしれない。この物語を知らない人は、まだらの紐、と聞いてどんなものを思い浮かべるだろうか。

原題は、The Adventure of the Speckled Band、である。'band'は紐とは少し違うようである。もちろん、紐とも訳せるようだが、どちらかというとヘアバンドとか、帽子の周りのリボンみたいなものとか、腕章とか、リストバンドとか、あるいは髪を後ろで縛るものとか、輪ゴムとか・・・である。ズボンのベルトは日本のようにバンドと呼ぶことはなくbeltというようだが、蛇、と考えると、その質感から見ても、本当はベルトがふさわしいかもしれない。しかし、この小説ではジプシーの群れをまた、'band'と呼んでいる。楽団をバンドというように、bandには一団という意味があって、このかけことばによってダイイングメッセージは読者を惑わせるものとなる。ところが地口を訳すことはできないので、註をつけるか、無視することになるが、どちらにしても原文の味わいが少々損なわれるのは仕方がない。また、この小説でもう一つ重要な役を果たすのが、ベル、呼び鈴を引っ張るためのropeである。私としてはそれこそ紐と訳したいところではあるが、あらぬ混同を招かないよう、それは避けたほうがいいとも思う。

まだらの紐、というと小さな斑点のいっぱいついた紐と感じる人が多いだろうか。実際、speckledという単語も小さな斑点のついた、という意味である。ロイロット博士の頭に巻かれた紐を見たワトソン博士の描写でも、yellow band, with brownish speckles(茶色っぽい斑点のある黄色い紐)である。ところが、ホームズは"It is a swamp adder!"と言う。swamp adderと呼ばれる蛇はいくつかあり、そのうちインドにもいるのはBungarus fasciatus(キイロアマガサ)という蛇のようである。普通1~1.5mで黄色と黒の縞模様で、毒蛇だが臆病で普通はかまれることはないが、夜間は活発になり、より危険だそうだ。なお、その模様がたくさんのバンドを巻いたように見えるので、普通、Banded Kraitと呼ばれる。ドイルはあやふやな知識で書いたのか、それともわざと実物をさけたのだろうか。

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2006年10月27日 (金)

唇のねじれた男

現代の基準に照らして過去を裁くのは公正を欠く、とはかねてから私も思っていたことではありますが、ああいうやからにそれを言われるとげんなりする。あのお代官様に対する農民のような『ごぜェます』という口調を聞くと、前のおじさんよりましかな、とも思うが、その、前のおじさんからいまや党全体に蔓延しているらしい厚かましさにはうんざりする。ああいうエセ改革家の恐ろしさの本質については百五十年近くも前にステパン・トロフィーモヴィチが喝破したところであるから、今更言うがものでもないが。まあ、政治家を批判するなど、過去を批判するよりさらに愚かなことであり、これもまた無意味な枕となったのではあります。

さて、本題ですが、今更百年も前の翻訳の誤訳を指摘してもしょうがないと思うんですよね・・・実は、ある論文があまりにナニなのでナニしようと思ったのですが、いや、本当にあまりにナニなのでナニするのもナニだと思い直し・・・どうしようかなあ・・・まあ、私が書くまでもない、誰でも見りゃわかることだ。腰砕け・・・察してやってください。

とはいえ、このままでは『唇のねじれた男』を検索してここに来た人には失礼ですので、その論文がここにあることだけはお示ししておきましょう。ご判断はそれぞれに・・・論文をインターネットに載せたご趣旨は清末小説研究会へのいざないかとも思いますが、・・・フム、どうもあれが大学の論文集に載るとはねえ・・・げせないなあ。・・・そういうとどこが悪いんだって言う人がいるかもしれないが、だってねえ・・・ま、そういってくる人がいたら考えましょ。

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2006年9月22日 (金)

五つのオレンジの煙突

シャーロック・ホームズの冒険の一編、五つのオレンジの種にこんな一節があります。・・・and the wind cried and sobbed like a child in the chimney. 風が煙突の中の子供のように泣いている、ってなところですか。はて、どんな意味かと思ったら、昔は子供が煙突掃除に使われたそうですね。やっぱり泣くんですかね。ウィリアム・ブレークの詩に"The Chimney Sweeper"(煙突掃除夫)というのがあります。下手な訳もつけておきましょう。

A little black thing in the snow,                  
Crying "weep! weep!" in notes of woe!                 
"Where are thy father and mother? Say!"-            
"They are both gone up to the church to pray.      

"Because I was happy upon the heath,                  
And smiled among the winter's snow,             
They clothed me in the clothes of death,         
And taught me to sing the notes of woe.           

"And because I am happy and dance and sing,      
They think they have done me no injury,          
And are gone to praise God and his priest and king,  
Who make up a heaven of our misery."           

小さな黒い生き物が                                         エーんエーんと雪の中                                       悲しい声で泣いている                                        おまえのパパとママはどこ                                      二人一緒に教会へ                                         お祈りをしに行っちゃった

楽しかったよヒースでは                                         冬の雪に笑ってた・・・だから                                      二人はぼくに死の服着せて                                      悲しい歌を教えてくれた

二人がぼくを傷つけた?                                          楽しく踊って歌うぼくを                                             二人はそうは思ってないよ                                          だから二人はほめに行ったよ                                          悲惨な楽園作ってくれた                                          神と司祭と王様を

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2006年9月 1日 (金)

花婿失踪事件外伝

シャーロック・ホームズの冒険の第三話は一般に『花婿失踪事件』、もしくはそれに似た邦題になっているようです。お読みになったことがある方はおわかりでしょうが、ホームズが読者とワトソンのためには真相説明の労を取っているのに、依頼人のミス・サザーランドを、「話したところで彼女は僕を信じやしないよ。昔のペルシャ人の言った言葉を君は覚えてるかな、『虎の子供を捕らえるのは危険だが、女性の幻想を奪うのもまた危険である。』」と突き放してしまいます。あまりにもミス・サザーランドが気の毒で調べてみましたところ、実は実は、その後彼女に同情して何かと世話をしたワトソン博士が奥さんのあらぬ誤解を恐れて話を刈り込んだという噂があり、事実は以下に述べるようなものであったのかもしれません。なお、失礼に当たるといけませんので、登場人物の名はいくぶん変えてあります。物語を知らない方のため、以下に先立つ前段(といっても七分目ぐらいですか)をここに用意しました。いや、そんな外伝などでなく正式なものを訳したものを先に読みたいという方には、『該当者』という暫定的タイトルでこちらにあります。では、どうぞ。

翌日は仕事に忙殺され、六時近くなってやっと手のすいた私は馬車に飛び乗り、ベーカー街へ急いだ。だが行ってみるとホームズは一人で、そのやせた長身を肘掛け椅子に深々と丸めていた。恐ろしく並んだ瓶や試験管と純然たる塩酸の刺激臭により、彼が一日、化学の実験をしていたことがわかった。
「それで解けたかい?」私は部屋に入るなり尋ねた。
「あの問題に謎なんかないんだがね。ただ悪党を縛る法律がないんだ。」
私はホームズの悩ましげな表情に驚いた。こんな時、私の質問を誤解したふりをして、『うん、バリウム化合物の重硫酸塩だったよ』などと答えるのが彼の流儀なのだが。
「どういうことなんだ?」と私は尋ねた。
「うん、真相は明らかなんだが、誰も処罰されない、となると、ミス・サランドにとってはどうすればいちばんいいのかねえ?美しい幻想を抱いたまま、時の助けを借りるか、それとも彼女の面前で悪党の面の皮をはぐべきか?君はどう思う?」
「そりゃ彼女だって真実を知りたいだろう。あの様子じゃ一生、誓いを守りそうじゃないか。そんなことになったら気の毒だよ。だって相手は悪党なんだろう?」
「ああ、実に冷酷なやつだ。しかしただ真実を教えただけでは彼女は信じまい。とすると、どうしてもホズマー・アンドール氏に再登場してもらわなければならないが、それでは彼女にとってあまりにもショックが大きすぎると思われるんでねえ。」
「ではホズマー・アンドールを呼んでこられるんだね?」
私がその質問を発し、ホームズがまだ答えないうちに廊下に足音がして、続いてドアのノックが聞こえた。
「あの娘の義父、ジェイムズ・ウェンディ氏だ」とホームズは言い、私を目立たぬ隅の椅子へ押しやった。「六時にここへ来ると手紙で言ってきてたんだ。どうぞ!」
入ってきたのはたくましい中背の男で、三十歳ぐらい、ひげをきれいにそり、黄ばんだ肌、人当たりのよい、こびるような物腰で、驚くほど鋭い、見通すような灰色の目をしていた。
「こんばんは、ジェイムズ・ウェンディさん」とホームズが言った。「六時に僕と約束をしたこのタイプで打たれた手紙はあなたからですね?」
「そうです。残念ながら少し遅くなりましたが、そう自分の思い通りになる身ではないですからね。今回はミス・サランドがつまらないことで厄介をおかけしてすみません。私はこういうことは世間にさらけ出さない方がずっといいと思ってますんで。全く私の希望に反して彼女は来たわけですが、お気づきでもありましょうが、彼女は興奮しやすく、衝動的な娘でして、何か心に決めたときには容易に抑えられません。もちろん、あなたは警察と関係ないから、私はあなたのことをさほど気にしはしませんが、家族の不幸をこんなふうに言いふらされるのは愉快じゃありません。そのうえ、無駄な出費ですよ、だってどうしてあなたにそのホズマー・アンドールが見つけられますか?」
「ほう、するとあなたはもうホズマー・アンドール氏が姿を現すことはないとお考えなんですね。では娘さんには早く彼のことを忘れるようにさせなければいけませんね。」
「いや、」ウェンディ氏は少しあわてて言った、「そうじゃなくてどこにいるかはわからんが、そのうちひょっこり顔を見せると思うんですよ。」
「なるほど。」
全体として、私にはホームズがこの男をここへ呼んだ理由がわからなかった。鋭い質問を発するでもなく、何か役立つ情報を得るでもなく、ホームズは愛想よく会話を続け、男にフランスの旅の話などさせているのだった。男は私の方をほとんど見なかったが、私は彼をじっくりと観察し、何の実りもない訪問に男の顔に冷笑が浮かぶのにも気づいたが、ホームズは気にも留めなかった。
「何か得るところはあったのかね?」男が帰った後私はホームズに尋ねた。
「いや、予定変更でね。今日何もかも決着させるつもりだったんだが・・・君もミス・サランドが気の毒だと言うし、ねえワトソン、これは長くかかるよ。」
そう言ったきり、ホームズは何も説明してくれなかった。

しばらくこの事件のことを私たちは話題にしなかったが、二月ほどしたある日、ホームズの所を訪ねた。
「いいところへ来てくれたね、ワトソン。例の花婿失踪事件を覚えているね。あの娘さん、」と言いながらホームズはテーブルの上をかき回した、「ミス・サランドから先週来た手紙だ。読んでみたまえ。」
「あなたのおっしゃる通り、ホームズさん、」私は声に出して読んだ、「ホズマーから手紙がきましたわ。少し時間はかかりましたが、彼に会えるなら私、いくらでも待ちます。思いがけない結果も覚悟するようにあなたはおっしゃいますが、私はホズマーを信じています。確かに、彼の手紙の調子は少し変です。私を責めるでもないんですが、あの聖書にかけての誓いのことを忘れてはいけないなんて、そんなことばかり。どうしてなんでしょう、私、お付き合いしている人がいるって母に言っただけですし、それも嘘なんですもの。とにかくあなたのお言いつけ通りしてみます。母に父がフランスに行く日を訊いて、その間に結婚すると言いますわ。日取りが決まりましたらお知らせします。メアリー・サランド。
これは、どういうことなんだね、ホームズ?」
「なに、読んでの通りさ。あの娘さんは架空の相手と結婚するふりをするんだ。今日、彼女がここへ来てね、金曜日に結婚するということで打ち合わせをした。そこで君に一役買ってもらいたいんだ。実はね・・・」
私は事件の驚くべき真相を聞かされ、それから金曜日に私が果たすべき役割を細かく指示された。私が、彼女にとってはずいぶんなショック療法になる、と言うと、ホームズはだからあの時そういったじゃないか、となじるように私を見、彼女には充分覚悟させたし、独立する準備もさせていると言った。

金曜日、私は立ち会い人の資格でミス・サランドを迎えに彼女の家へ向かった。ただし、玄関のベルを鳴らす予定の時刻の二時間前に近くに馬車を止め、ホームズの予告した事件が起きるのを待った。三十分が過ぎ、一時間、一時間半が過ぎ、これであてが外れたらどうなるのだろう、と思い始めた時、一台の馬車が横を通り過ぎ、彼女の家へ近づいた。馬車から男が降り、玄関のベルを鳴らした。私もその玄関へと急いだ。男が近づく私の方へ振り向くのと戸口にミス・サランドが姿を現すのも同時なら、彼女と私が声を上げるのも同時だった。
「ホズマー!」「ウェンディさん!」
驚きに棒立ちになったアンドール氏、すなわちウェンディが立ち直って逃げ出さないように、私は彼の腕をつかみ、以前にホームズの家で会ったことがある、云々とまくし立てた。そこへ、やはり棒立ちになっているミス・サランドの横をするりと抜けてホームズが現れ、アンドール氏の顔からサングラスと付けひげを取り去り、間違いなくウェンディであることをミス・サランドの目にも明らかにした。やっと我に返ったミス・サランドは、「ああ、なんてこと!」と叫び、顔を覆って家の中へ走りこんだ。
「くそ、してやられた!なぜ、わかったんです?」しばらくして男は苦い声を絞り出した。
「タイプライターさ。タイプライターには個性があってね、新品でない限り、二つのものが寸分違わぬ印字ということはない。ところで、君が僕にくれた手紙ね、あれはホズマー・アンドール氏がミス・サランドに出した手紙と同じタイプで打たれていたんだ。彼女が結婚すると聞けば、すなわち奥さんにそう吹き込めば、必ずアンドール氏が登場すると思ったよ。」
ウェンディはその場にがっくりとくずおれた。

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2006年8月18日 (金)

続・ボヘミア王の妄想

前回の続き。この事件はすべてボヘミア王の妄想なのである。この物語は妄想とお芝居から成り立っているのである。

王がホームズの部屋に登場し、正体を見破られ、覆面をかなぐり捨てる最初のシーンからして猿芝居である(陛下は女優に恋したぐらいであるからお芝居は大好きである)。フォン・クラム伯爵という役どころに胸躍らせてホームズを訪ねたのである。しかし、それはきんきらきんの国王演ずる伯爵であらねばならず、ひょっとすると、ホームズが王と見破ってくれなければ逆に怒ったかもしれない。

いや、王がひと芝居打っているという証拠がある。王は言う、事が微妙ゆえ、代理人を立てられぬ、その男に弱みを握られるから、それでお忍びで来た、と。ところが、しばらくしてホームズに答えて言う、問題のものを五回、彼女から盗もうとした、二度は夜盗が家捜し、一度は列車で、二度は待ち伏せ・・・信じられる代理人も立てられぬのに、夜盗を信用するのか?要するに王は好きでやってきたので、そうじゃなければ最後の場面でものこのこホームズについていくことはない。

さて、それでなくとも王の話は、『この問題は巨大なスキャンダルとなってヨーロッパの歴史に影響を及ぼす』と、少し誇大妄想気味である。また、『私がほかの女と結婚するくらいなら、彼女(アイリーン)はどんなことでもするでしょう』という言葉も、『彼女がその男(自分以外の男)を愛するはずがない』という言葉同様信用できない。それどころか、どうやらアイリーンは王を何とも思っていない、王の妄想なのである。

ではなぜアイリーンは脅しをかけたか?恐怖と怒りと軽蔑からである。最初に思い込みから夜盗など仕掛けたのは王の方だったのだ。彼女は身を守るために自分の力を見せ付けたのであって、実際に写真を送りつける気はなかったにちがいない。いや、その『脅し』とて怪しいものだ。王はホームズの質問に答えて、初めは筆跡が、便箋が、印章がと言っていたのに、写真が問題であることが明らかになると、写真、写真の一点張りである。

結局、アイリーンは『ただ身を守るため、将来陛下がどのような手段をとられても永久にわたくしを守る武器を保持するため、あれ(写真)は取っておき』、王は『これ以上の成功はないよ。彼女の言葉は神聖ですからね。写真はもう火に投じたも同じ』と喜ぶ。何のことはない、アイリーンは陛下を信用せず、陛下は一言でめろめろである。すべて陛下の妄想だったのである。

疑念をお持ちの方のため、一言付け加えておこう。なぜアイリーンが結婚を急いだか?物分りの悪い、うぬぼれ屋で、妄想狂の王に充分納得してもらうためだ。

さて、ここまで読んでいただいた方はホームズ物が好きな方でしょう。そこで聞いていただきたいのですが。青空文庫にもある大久保ゆうさんの翻訳なさったボヘミアの醜聞なんですが、どうしてもひとつ引っかかるところがあります。二の途中、ホームズがワトソンにアイリーン・アドラーの結婚話を説明した後のところです。以下大久保さんの訳を引用。

「コールド・ビーフと一杯のビールだ。」と呼び鈴を鳴らし、「食べ物のことで頭がいっぱいなんだ。今宵は別のことでいっぱいになるだろうがね。(以下略)

『食べ物のことで頭がいっぱいな』ホームズなんてホームズじゃない!ホームズが好きな方なら同意してくださいますよね。そこで原文と拙訳。

“I have been too busy to think of food, and I am likely to be busier still this evening.

「忙しくて食べることなんか考えられなかったし、今夜はさらに忙しくなりそうだ。

どうも拙訳の方がよさそうな気がするし、ホームズの人物像にかかわることだし、短編集の第一作からとんちんかんなホームズでは困るし、青空文庫は結構影響力大だし、で、考え直してもらえたら、と大久保さんにメールしたのですが・・・無視されてしまったようです。迷惑メールにされたか、ばかめ、と思われたか。なにしろ大久保さんは京都大学の大学院で翻訳を勉強なさっているようですからね。それにひきかえこちらは・・・とほほ。

そこで、賛同してくださる方、大久保さんにやいのやいの言ってみませんか。アドレスはボヘミアの醜聞の作品の下、もしくはベーカー街のパン屋さんにありますので。

追加。後日、大久保さんから丁寧なご返事をいただきました。この場を借りましてお礼を。その上、叱咤激励されてしまいました。『もっともっと自信を持って、「ここは違う!」と断言した方がいいですよ。・・・誤訳指摘は、そこに事実しかないのですから、卑屈にならず、偉ぶらず、そして勇気を持って行うのが良いと思っています。』いやごもっとも。しかし、そういう性格なら地下室にこもったりしないです。まったくメールにも卑屈がにじみ出るとは・・・とほほ・・・ま、何はともあれ、めでたし、めでたし。

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ボヘミア王の妄想

ボヘミアンスキャンダルという題名はどうもすわりがよくないようですね。でもいいんだ、誰もいいと言ってくれないからにはこのまま押し通すんだ。

ところで、訳文はここで公開してますのでよろしかったらどうぞ。ご意見、ご感想がありましたらお寄せくださればありがたいです。

さて、この物語の最大の謎は(といっても事件そのものには一つも謎はないが)、いったいなぜアイリーン・アドラーはボヘミア王を愛したのか、である。すなわち、見たところ、ホームズの言う通り(またボヘミア王も別の意味で言っているが)二人は釣り合わないのである。似合いじゃないのだ。いや、ボヘミア王が夢中になるのはかまわない。しかし、王が先に心変わりし、アイリーン・アドラーが愛するあまり、王の結婚話を壊す以外に何の役にも立たない行動に出るとは。いやはや。

しかし、男と女のことだから・・・それに、ワトソン博士も、恋愛問題はホームズの得意とするところじゃないというような枕を巧みにふって、そこは触れるべからず、か。

いや、アドラー女史(子供の頃読んだのを思い出すなあ。確か『あの女史』とあった。あれは誰の訳でしたか?)を買いかぶるからいけないのかも知れんぞ。そうだ、それほど大したこともないのにホームズが女史を過大評価するものだから、ワトソン博士も便乗して物語をおもしろくするためにホームズの好敵手に仕立ててしまったのである。その原因は--ホームズが女性をばかにしているからである。写真の隠し場所を知るためのトリック、ホームズ自身があんな手を使われたら、あまりに見え透いてる、と気を悪くしそうだ。それにベーカー街の玄関先で「おやすみなさい、シャーロック・ホームズさん」と声をかけられ、「あの声は前に聞いたことがある」、ですか?だってあなた、牧師さんの扮装をしてるんでしょう、誰にわかるはずがありますか。少しはおかしいと思ったっていいだろう。つまり、気楽にことに当たりすぎて脇が甘いのである。そしてばかにしていた反動で、あの女史と奉ることになるのである。もう一つ、ホームズは失敗した悔しさに相手を称えたのである。

ワトソン博士はそういうことはよくわかっている。ホームズをちょっとからかってやりたくて失敗譚にもかかわらず、これを短編集の最初の一編としたのだ。それからワトソン博士は冒頭の段落で女史をこう呼んでいる、the late Irene Adler, of dubious and questionable memory。コンマ以下のところが私にはよくわからないのだが、これは死者の名の後につける常套句、of blessed/glorious memoryをもじったのだろう。直訳すると『死後の名声怪しき』みたいになってしまうが、とにかく、これから物語の主役ともなろうかという人につける文句としてはいかがわしい。そこで、うまく訳出できなかった腹いせに、これはワトソン博士がホームズの女史に対する賞賛にいささか疑念を抱いている証拠と見ることにしたい(お断りする必要もないと思うが、むろんでたらめである。)

とはいえ、アイリーン・アドラーはいい人である。ホームズの無法な行為を責めもせず、ホームズの『顔を立てて』ヨーロッパへ逃げ出すのである。ボヘミア王には結婚の邪魔はしないと言い、めでたしめでたし。もっと意地悪なこともできたのに、ホームズに恥をかかすこともできたのに、そうしなかった。フェアな人である。しかも、やはり頭がいい。ホームズの行動を予想したのである。してみると・・・破れかぶれでボヘミア王に脅しをかけることなど・・・断じてありえない。

そこで浮上するのが、『ボヘミア王の妄想』説である。--以下、後日。

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2006年7月27日 (木)

赤毛連盟

ボヘミアンスキャンダル1の曜日の問題は愚問だねえ。

-そうかな。私はちょっとした謎だと思ったがね。

-愚問というより、問題の提示の仕方が愚かしいし、わざとらしいんだな。だいたい君がシャーロキアン式の解決を望んでいるのか、ほかに目的があるのかわからないよ。ああいう文章はよくないな。

-ではどうすりゃいいんだ?

-事実、事実と並べ立て、問題のありかを明瞭にして謎の解決を迫るんだ。『赤毛連盟』を例にとってみよう。

1 昨年(1890年)の秋のある日、ワトソン博士がホームズを訪ねるとウィルソンという依頼人が来ている。

2 ワトソンは事件に関するウィルソン氏の持ってきた広告の新聞の名と日付を書きとめて言う:「1890年4月27日のモーニングクロニクル。ちょうど二ヶ月前だ。」

3 ウィルソン氏も言う、ことの起こりはその広告、あれはちょうど八週間前、店員がそれを見せた、と。そしてその日に広告にある件で申し込みに出かけた。ちなみに4月27日は日曜日、広告によれば申し込みの日は月曜日。次の日からウィルソン氏は週4ポンドの赤毛連盟の仕事を始める。

4 ある朝連盟事務所に出かけたウィルソン氏の前に張り紙が:赤毛連盟は解散、1890年10月9日

5 ウィルソン氏はこの『悪ふざけ』には32ポンド(きっちり八週間分)かかっていると言う。

6 「今日は土曜日、月曜日にjは結論を出したいですね。」(とホームズは言う。)さらにこの後三度、土曜日であることが強調されている。

-さあ君、君はこの謎をどう解決する?

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2006年7月18日 (火)

ボヘミアンスキャンダル2

a scissors-grinder with his wheel

はさみを研いだり、いろいろ修理したりする流しの職人が道具をのせた自転車だか三輪車だかを引いている図、かと思ったのですが、何でwheelなんでしょう。私の使っている辞書にのっていないだけで別の意味の言い回しなんでしょうか。

scissors-grinder を辞書で調べたらEuropean goatsuckerとありました。つまりヨタカのたぐいですね。鳴き声が砥石で研ぐ音に似てるのでしょうか。別名Wheelbird。これも鳴き声がspinning wheel(紡ぎ車)の音に似ているからのようです。

ということは、これは暗くなってきたのでヨタカがでてきてキーキー鳴いているというしゃれですかね。

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2006年7月15日 (土)

ボヘミアンスキャンダル1

シャーロック・ホームズの冒険から、いわゆるボヘミアの醜聞を読み始めました。

さっそくわからないことが・・・

1888年3月20日のこと、ワトソン博士が立ち寄ったホームズのところへボヘミア王が相談に。王の結婚が発表される来週の月曜までにある写真を手に入れなければならない。まだ三日ありますね、とホームズはあくびをしながら言った・・・

あれ、あれれ、1888年3月20日は火曜日じゃないんですか?

私が決定的な考え違いをしているのでしょうかね。

誰かご存知の方が教えてくださると嬉しいんですが。・・・・・と、こんな感じでわからないところを他人様に教えていただこうというずうずうしい動機でブログを始めてみました。待ってても誰も何も言ってくれないし、ウェブ上のよそさまの翻訳を見ても指摘があって間違いが訂正されることはあまりないようだし。それじゃあ一つこちらから問題を提出してみようかな、と。

え、どうです。問題の日が火曜日なら月曜まで三日あるというのはおかしくありませんかね。シャーロック・ホームズは研究し尽くされているから、きっと答えがあって、何か私が間違ってるんでしょう。

ところで、『ボヘミアの醜聞』ですが、きょうび醜聞、はどうもイメージが、わかないような気が・・・『ボヘミアンスキャンダル』ではいけませんかね。

それから、と、片岡千恵蔵でなきゃこなせないようなホームズのところへ市川右太衛門のようなボヘミア王が来る(古い?でも某文庫のを読んでいてそんな気がしたもので)、というのも結構ですが、わたしならちょっと違う感じでいきたい。まず、ホームズがだらけた様子でいること、「Pooh,Pooh!」とあざけるような言い方をしていること、まだ三日あると言いながらあくびまでしていること、などからホームズの態度は、ひざをついてご無理ごもっともどころか、うやうやしいとは到底思えません。しかもそれに対してボヘミア王が腹を立てるでもない。そこで、二人になるべく普通の言葉でしゃべらせたい。

いや、もちろん、ボヘミア王がいばっていてあまり感じがよくないほうが最後が痛快でよろしい、がそれはまた別の問題でしょう。

と、言うわけでぼちぼち読み進めているところではあります。

さて、自分で出した疑問に一つまずい答を。ドイルがこれを書いたのは1891年で、3月20日は金曜日でした。月曜まであと三日だあ。

え、どうです。違うだろ、という方待ってます。

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