2007年12月11日 (火)

鰐Ⅳ(完)

 猿の夢を見たのは鰐の飼い主の所で檻に入れられていたからだと思うが、エレナ・イワノヴナはまた別の話である。
 先に言ってしまうと、私はあの婦人を愛していた。だが急いで、大急ぎで、説明しておこう。

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2007年12月 9日 (日)

鰐Ⅲ

 そして、それでもやはり、それは夢ではなく、本当の、疑う余地のない現実だった。そうでなかったら、こうしてお話ししていたろうか!しかし続けよう。
 

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2007年11月29日 (木)

鰐Ⅱ

 私を迎えたチモフェイ・セミョーヌイチ老は何かせかせかとして、戸惑っているようでもあった。彼は私を手狭な書斎へ案内し、しっかりとドアを閉めた。見るからに心配そうに「子供たちが邪魔をしないように」と彼は言った。それから彼は私を書き物机のそばの椅子にすわらせ、自分は安楽椅子に腰掛け、古い、綿の入った部屋着でひざをくるんだ。私やイワン・マトヴェーイチの上司に当たるわけでもなく、それまで普通の同僚であり、友人でもあると思っていた彼が、不測の事態に備えるように、なんだか堅苦しい、厳格とも言える態度を見せた。
 

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2007年11月17日 (土)

鰐 Ⅰ

ドストエフスキーの「鰐(わに)」を連載しようと思います。1865年「エポーハ」紙に発表された短編だそうです。三、四日ごとに更新する予定です。ここで公開することに意味がないと判断した場合、途中で打ち切ることもありますが、その場合にもいずれ地下室の本棚の方に全文載せます。なにかお気づきの点(誤訳、誤字等のご指摘、ご意見、ご感想)があればコメントをいただければ幸いです。なお、原文でドイツ語の部分はカタカナにしました。


珍しい出来事、というか、人を食った話

年はかくかく見た目はしかじかの一人の紳士がショッピングセンターの鰐に生きたまま全身丸呑みにされた次第とそこから生じたことに関する公正なる物語

ああ、ランベール。ランベールはどこだ?君にはランベールが見えるか?

1865年、すなわち今年の一月十三日、昼の十二時半に、私にとって同僚であり遠縁の親戚でもある教養あふれる友人イワン・マトヴェーイチの奥さんのエレナ・イワノヴナが、近頃ショッピングセンターで有料の見世物になっている鰐を見たいと言った。イワン・マトヴェーイチは、転地は建前、むしろ知的探求のため、既に外国行きの切符を手に入れていた。それで、勤めももう休暇ということになり、従ってその朝もまったくすることがないので、行きたいと駄々をこねる奥さんを止めるどころか、自分まで好奇心を掻き立てられてしまった。「それはいい!」彼は嬉しそうに言った。「鰐の検分だ!ヨーロッパ行きの準備として、その地に固有の生物を知っておくのも悪くない」そう言って彼は奥さんの腕を取り、すぐにショッピングセンターへ出かけた。私もいつものように、家族ぐるみの友人として、一緒についていった。あの忘れがたい朝、イワン・マトヴェーイチはいつになく楽しそうだった。それが真実というもの、私たちは待ち受ける運命を自分では知らない!アーチ型の入り口をくぐると同時に彼は、華麗な建築に感嘆の声を上げ、最近首都に持ち込まれた怪物が展示されている店に着くと、自分から私の分の四分の一ルーブリを鰐の飼い主に払おうとした。前代未聞のことだ。小さな部屋に入ると、鰐のほかにも、外国種のオカメインコというオウム、奥の特製の檻には猿の群れもいた。入ってすぐ、左側の壁に沿って、しっかりした鉄の網で覆われた、浴槽のような大きなブリキの入れ物があり、底に4~5センチの水が張ってあった。この浅い水たまりの中に巨大な鰐がいるのだが、丸太のようにじっと動かずに横たわり、どうやら我が国の湿っぽい、外国からのお客様にはありがたくない気候にその全能力を喪失しているようだった。この怪物、初めは特に私たちの好奇心を刺激しなかった。
 「それじゃあこれが鰐なの!」とエレナ・イワノヴナは、落胆を声に表し、歌うように言った。「私、鰐って・・・こんなんじゃないと思ってたわ!」
 おそらく彼女はそれがダイアモンドで飾られているとでも思ったのだろう。ドイツ人の亭主、つまり鰐の飼い主もこちらへ出てきて、非常に偉そうな態度で私たちを見回した。
 「その権利はあるな」イワン・マトヴェーイチが私にささやいた。「ロシア全土で今鰐を展示しているのは自分ひとりと自負しているわけだから。」
 このまったくばかげた意見に、イワン・マトヴェーイチの上機嫌も度を超しているなと私は思った。いつもならものすごくやきもちを焼くところだ。
 「あなたの鰐、死んでるみたいね」とまた、エレナ・イワノヴナが言った。頑迷な主人に気を悪くし、不作法者に頭を下げさせる手段として魅力的な微笑を彼に向けた-女性独特の策である。
 「とんでもない、奥様」こちらは怪しげなロシア語で答え、すぐに水槽の網を半分ほど上げて、鰐の頭を棒でつつき始めた。
 すると狡猾な怪物は、生きているところを見せようと、わずかに手足と尾を動かし、鼻面を上げて、長々と鼻を鳴らすような音を発した。
 「ほら、怒るな、カールヒェン」ドイツ人は自尊心を満たし、やさしく言った。
 「なんていやらしいんでしょう、鰐って!ほんとにぎょっとしたわ」エレナ・イワノヴナは、ますますコケティッシュにつぶやいた。「夢に見そうだわ、もう」
 「でも夢なら噛まれることもありません」ドイツ人はうやうやしく口をはさみ、自分から先に立って自分の言葉のウィットに笑いだしたが、私たちは誰もそれには答えなかった。
 「行きましょ、セミョーン・セミョーヌイチ」とエレナ・イワノヴナが私ひとりに向かって続けた。「猿を見るほうがいいわ。私すごく猿が好きなの。とってもかわいいし・・・それに鰐は怖いわ」
 「怖がることはないよ!」イワン・マトヴェーイチがうしろから大声で叫んだ。妻の前で度胸のあるふりをするのが愉快だったのだ。「この惰眠をむさぼるファラオの王国の住民は何にもしやしないから」そう言って彼は水槽のそばに残った。しかも、彼は手袋を取ってそれで鰐の鼻をくすぐり、後に自分でも認めたが、無理矢理もう一度鼻を鳴らすよう仕向けたのだ。亭主は猿の檻の方へ、エレナ・イワノヴナを女王のようにして付き従った。
 というわけで万事順調、何かあろうなどとは思いもよらぬことだった。エレナ・イワノヴナはふざけてはしゃぎまわり、すっかり猿に夢中のようだった。彼女はたえず私の方を向いて嬉しそうな叫び声を上げる一方、亭主をまるで無視してかかり、親しい友人や知り合いとよく似た猿を見つけては笑っていた。確かに似ているので私も愉快にすごした。ドイツ人の亭主は笑ったものかどうかわからず、とうとうすっかりしかめっつらになった。そしてまさにその瞬間だった。突然、恐ろしい、いや、むしろ不自然と言ったほうがいい叫び声が部屋を震わせた。何事かわからず、私は初めその場に凍りついた。だが気がつくとエレナ・イワノヴナも叫び声を上げているので、あわてて振り向き、そして--私が見たものは!私は見た--ああ、なんということ!--私は見た、哀れ、イワン・マトヴェーイチは、鰐の恐ろしい口先に腰を咥えこまれ、空中に水平に持ち上げられ、必死に虚空をけっていた。そして一瞬の後、彼は見えなくなった。

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