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2011年1月 8日 (土)

罪と罰第4部(13)

数とか時間とか、ものの名前とかを訳す場合は迷うことはない。しかし、あいまいな広がりを持つ言葉を訳す時は、ぴたりとそれに重なる日本語があるとは限らない(あるはずがないよ言った方がいいのかな)ので難しい。その場にもっともふさわしい訳語を、おそらく、訳者さんたちは探してあてはめてらっしゃるのだろうが、そういう時に好みというか、意見の分かれることがある。困ったさんの典型的な例が「フョードルさんはбестолковыйだ」ってやつだ(前にフョードルさんは頭が悪い?って題で書いた話をちょっとだけ蒸し返す)。бестолковыйは愚かなって意味だが、より細かく分けると、頭が悪い、理解力なしって意味と、筋が通らん、わけわからんって意味がある(これも非常におおざっぱ)。そして、最初は多義的に理解されるбестолковыйの一部の意味が続く文章で否定されるのだが・・・(途中をカットした話になるが)たとえば、某先生はフョードルさんは頭は悪いが愚かじゃないということであると主張される。これではまるで、フョードルさんはテストの成績は悪かった、みたいな感じ。いけてないご主張だ。だが、しかし、もとはと言えば、бестолковыйがわけのわからんやつなのだ。ロシア語のわかる人がロシア語で読む分には、深く考えることもないことなのだろうが、いざ訳そうとしてこねくり始めると、所詮日本語には移しきれないこったから、ま、某先生もわけがわからなくなってしまわれたんざましょう。ま、ま、こんな明確な困る例にしょっちゅう出くわすわけではないですが・・・

では、と・・・お正月ぼけから覚めるよう、肩慣らしにひとつ・・・ひとつ・・・うひ、最初っから、しゃっきりしない話になりそう。

ポルフィーリーは、自分が面とむかってからかっている相手が、その笑いを憎しみをこめて受けとめているという事情に、ほとんど無頓着らしかった。相手が無頓着であるのは、ラスコーリニコフからすると、きわめて意味深長だった。ポルフィーリーは、さっきも気まずさなどまるきり感じていなかった、いや、それどころか、ラスコーリニコフのほうが、もしかすると自分は罠にかかったのかもしれないとさとった。(亀山訳344ページ)

後半の文が少々変なので事態が複雑になっている。とりあえず、「ポルフィーリーはさっきも気まずさなどまるきり感じていなかった、いや、それどころか、自分のほうがもしかすると罠にかかったのかもしれないと、彼はさとった」と読んでおいてちょうだいませ。そこで、「無頓着」と「気まずさ」に注目してみましょう。

очень мало конфузится :「無頓着である」
совсем не конфузился:「気まずさなどまるきり感じていなかった」

というわけである。同じ動詞なのだ。同じだから話がつながってる。「気まずさなど」のところ、「まったく頓着などしていなかった」と取り替えてごらんなさいませ。明快、明快! 薄ぼけた文章はドストエフスキーのせいではなかった。まあ、もちろん、亀山さんも(江川さんも似たよう)そんなことは御承知の上のことだろう。一つには、「無頓着」に惚れ込んでしまった。しかしながら、対象のない場合に「頓着」は用いにくいので「さっき」の方には使えなかった。ということでしょう。

問題は、「無頓着」がうまい!というところにあるらしい。ぴたりと一言、文章に締りが出るなあ。が、実際のところ、конфузитсяは「うろたえる、どぎまぎする、決まりの悪い思いをする」てな感じで、「頓着する」とはまったく違う。「気まずい」は範疇。否定すると、ほぼ「無頓着」になるが、正確ではない。さあ、どうすべえ?・・・中村白葉さんの当該個所をみるずら。

客が自分の哄笑を憎悪をもって迎えているのに対して、べつにわるびれた様子はなかった
先刻もポルフィーリイ・ペトローヴィッチは少しもわるびれてなどいなかった

フム、「わるびれる」はなかなかうまい。無頓着より正しい。二つのконфузитсяの訳語をそろえるという意味では実に結構だ。だがしかし・・・今度は「いや、それどころか」による対比が問題となる。напротив:「それどころか、逆に」である。罠にかかったのはこっちだった、に対するには、気まずそうだったとか、悪びれた様子だった、では少々不足の感あり。もちっと困った感じが出ていないとね。たぶん、このконфузитсяは「困惑する」というような意味で捉えるのがよさそう。実際、この単語の中心付近に位置している意味だ。江川さんはその線。一つ目は「無頓着」としているが、二つ目は「ひとつもうろたえていたのではないらしい」。

そこで、ですがね、今度は「さっきの」、「先刻の」場面を見てみましょう。

ラスコーリニコフが、いくつかの点から相手にどことなく動揺の色が浮かんでいるのを見てとったのは、それから何分か後のことだった。不意をつかれて面食らったか、あるいは、ひとりこっそりと何かしているところを見つかりでもしたような様子だった。(亀山訳339ページ)

これ、後になって、ラスコーリニコフの現われるちょっと前に例の町人が来て話をしたこと、従ってポルフィーリーは情報をたった今、得たこと、そしてそのことを意識していることを表しているとわかる。・・・だとすると、それは「気まずい」とか「悪びれる」と言った類のものとは違いそう。どう感じようとラスコの勝手でしょと言うなかれ。明快な話を意味深に理解することはない。

動揺と訳されたзамешательство、面食らった:と訳されたсбили с толку、そしてさっきのконфузитсяの三つは意味の重なる部分がとても多い。たぶん、この場合、すべて、困惑、動揺の類義語で処理すべきではないかと思う・・・という、実につまらない結論に達し、一瞬にしてけりがつき、我ながらあきれかえったのではありました。さて、ひとまず先を急ぎましょう。

37 да! славная вещь! — чуть не вскрикнул он под конец, вдруг вскинув глаза на Раскольникова и останавливаясь в двух шагах от него

「そう! いいもんでして!」彼はやっと、ラスコーリニコフのほうにすばやく視線を走らせ、彼から二、三歩のところに立ちどまると、ほとんど叫ばんばかりの声で言った。(亀山訳342ページ)

「やっと」はどこにかかる? フム。под конецはвскрикнул(叫ぶ)にかかる。この直前にあるポルフィーリーのセリフ、「ほんとうにいいもんですよ、ほんとうにいいもんで」の繰り返しと比べて、この(最後の)「いいもんでして」が叫ぶようだったということで、「最後は(ほとんど叫ばんばかりの声で)」と訳すのががよろし、ね。

38 ведь это существует, кажется, такое юридическое правило, такой прием юридический — для всех возможных следователей

だいたい、予審判事とか名のつく連中には、あるきまった法的なしきたりっていうのか、法的な手口といったものが存在してるそうですね。(亀山訳343ページ)

無関係な話題で被疑者を油断させるのは、取り調べにおける一種の原則、方法であり、「官舎云々」はそれだ、と、ラスコーリニコフがあてこすっているところ。それはあくまで取り調べの方法であって、法律で規定するものではない。従って法的なものではない。わかるけどね、間違いは間違い。法律家的? さらに問題なのは次の個所。

Об этом, кажется, во всех правилах и наставлениях до сих пор свято упоминается?

このことに関しちゃ、今でも、どんな法規や判例集をみても、金科玉条みたいに扱われてるらしいじゃないですか?(亀山訳)

法律や規則、あるいは、判決例に、取り調べの仕方は載らないでしょう。(取り調べの)原則集や指示書(手引き)みたいなものでは? ほかにも、юридические формы и правилаを「法律上の形式や規則」と訳したところがあるけど、同様。

39 закудахтал вдруг Порфирий Петрович, тотчас же изменяя и тон, и вид и мигом перестав смеяться

ポルフィーリーはぴたりと笑うのをやめ、ただちに声色から顔つきまで変えて、とつぜんにわとりが鳴くような甲高い声で叫んだ。(亀山訳346ページ)

закудахтатьは、кудахтатьし始めること。кудахтатьはめんどりが鳴くこと。どうやら、кудах-тах-тахと聞こえるらしい。「コケコッコ」なら、たしかに、甲高い声で叫んだんだろうが、しかし、この単語、人間のおしゃべりに適用する場合には、興奮気味にせかせかと話すこと(普通、女性)をさすらしい。そんなふうにしゃべり始めたということだろう。

追記:367ページにもありました。

ポルフィーリーは、例のにわとりの鳴き声に似た声で親身に話しかけたが、それでもまだ、何かしらショックを隠しきれない様子だった。

ここもзакудахтал、せかせか話し始めたのでしょう。

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