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2011年1月27日 (木)

罪と罰第4部(16)

ふとしたことで、広島大学大学院の李国棟さん、宗近倫子さんの『雪国』の感覚性研究―英訳との比較を通して―という論文を目にすることとなった。内容は・・・ボンクラにはよくわからないのだが、どうやら、英文に訳すことで失われた表現のなかに『雪国』の感覚性があり、それがジャパネスクであるということらしい。しかし、まあ、英訳と比較することが、本当に『『雪国』』の感覚性をあぶりだすことになるのか、はなはだ・・・創作と翻訳では言葉を選ぶ仕組みが全く違うのだから・・・「突然」と「ふと」、「ふいと」を訳し分けろったって・・・曰く、「ふと」は「突然」よりも柔らかさがあって、緊迫感や激しさが表現できない、とか。まあ、状況としてはさようでござんしょうが、はたしてそこに本質があるだろうか・・・たとえば、

ふと目をあげると前のばっさまがまんじゅうを食おうとしていた

これを老境のご婦人の側から言うと、

おらがまんじゅう食おうとしたらばよ、前のあんちゃんが不意にこっちを見おってさ

がよさそう。「ふと」・・・ふと立ち止まる、ふと我に返る、このごろふと思う・・・「ふと」は無意識の意識の作用を表現するときに活躍すべきものではなかろうか。まあね、彼にふと出会う、という例もあるそうだから、そうとばかりも・・・

いや、あのね、『罪と罰』にはвдругという単語が頻出するんだけど、これが「突然、不意に、ふと・・・」なのね。亀山先生は「ふと」がお好きで「突然」はあまりお好きじゃないらしい。差し支えない限り、こう、と決めてらっしゃるようだが、ちょいと気になる時がある・・・

いや、あのね、亀山訳『罪と罰』も2巻がそろそろ終わるので、この辺でおおざっぱな印象でもひとつと思いましてな。いくつかの頻出単語について・・・いちばん気になるのは、前にも書いたнаконец。英訳辞書には、at last, finallyなどとあるのだが、亀山先生は「やがて」がお好み。これは少数派だろう。それから、loudのгромкийの「甲高い」。それから、разомの「一気に」。「一気に」だと、途中で休まないことに重点があるが、そうでない「いっぺんに」もあるから。ま、ま、詳しく分析するほどのこともなかろうて。3巻で、気になるところがあったらメモするということにしておきましょう。
今回は、ひとつ、бредという単語について考えてみよう思うんですが。 в бреду の形が多いかな。бредитьという動詞の形も。意味は・・・病気で寝ているラスコーリニコフが指輪のことやら、なんやら口走っている状態をいうらしい。亀山訳でどう訳されているかというと、いちばん多いのが「熱に浮かされて」。それから、「幻覚、幻覚状態」。あとは、「夢、悪夢、うなされる、熱病」等。

むずかしゅうござりまする-с。なんだってねえ、世論調査によると、「熱に浮かされる」を使う人より、間違った言い方「熱にうなされる」を使う人が多いって。後者が前者の誤用というのがそもそもよくわからないが(だって意味がちゃうじゃん)、とりあえず、へえ、と、ひとつうなる-с。まあねえ、いまどきは、すぐ解熱剤を飲んじゃうから、なかなかうわごとを言うまでにはねえ。しかし、ほかに代わる言い方がないとすれば、「熱に浮かされる」という言葉にも息をしていてもらわないと困るわけで-с。「幻覚」はどうかって、それはまた違うことを言ってるわけで。いや、もちろん、бред:「幻覚」も間違いじゃないすよ。

ウシャコフさんによれば、бредは、意識のない病人のいううわごと。うわごとを言うような意識混濁の状態と書いた辞書もあるな。бредитьは、うわごとを言う。これだとまさに、「熱に浮かされる」。ところが、ダーリさんの方には、夢を見る、うつつに夢を見るとか書いてある。こっちは「幻覚」派。どっちでもいいってことだ。うわごとを言うようじゃ幻覚もね。読者の側もおんなじようなことを言ってるとわかるだろうし。

というわけで、熱に浮かされる、でも、幻覚、でも、うわごと、でもかまわないんだけど、その一方で、それらを使ってうまいこと場合場合で対応しなくちゃならないとすると、そもそも、どれもぴったりしてないってこと? бредって、ある意味、キーワードざんしょ。びしっと統一できないのはやや残念。が、まあ、しょうがない。亀山訳で、ポルフィーリーとの場面で「幻覚」が主になるのも、それなりに故あることなのでしょう。ただ、気になる個所が2ヶ。

・・・・・・あなたは熱に浮かされているんですよ!あなたのまわりで起こっているのは、何もかも幻覚にすぎないんです!(亀山訳371ページ)

「何もかも幻覚」だと、なんにもなかったことになっちゃう。少し思い切りがよすぎるかなあ、と。ま、いいですか。あと、ひとつは・・・例の、「人殺し」と言った町人が謝りに来たところ:

つまり、部屋を借りにいった話と、血のことでやりとりしたこと以外、この男は何ひとつ話せないわけだ。つまり、ポルフィーリーも、あのたわごとのほかには何ひとつ手にしていないことになる。(「たわごと」に傍点。亀山訳400-401ページ)

「たわごと」に傍点がふってあって、原文ではイタリックでбреда。意味は「たわごと」でいいし、正確を期すなら「うわごと」・・・だが、それでは、傍点を打つ意味がないざましょ。ポルフィーリーと共有する語を用いなくては。ここで、たとえば、「幻覚の産物」とか訳すことができないなら、もともとбред:「幻覚」という訳がスカタンということになっちまう。

2巻の残余の問題については、次回もう一回ということで、おねがいしま~す。

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