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2011年1月20日 (木)

罪と罰第4部(15)

さて・・・わたくしのように、文章の一部分を取り出してこねくり回していると、かえって意味がわからなくなってしまうのかもしれないと思います。普通に本を読むときには、スーッと読み下す。それで何らかの印象が残る。その印象が作者の言わんとしたものであればいいわけである。すると・・・必ずしもわかりやすい文ではなくても、正しい印象を伝えられるかもしれない。必要な要素が含まれていれば脳が勝手に処理してくれるかもしれない。だとすると、そういう文章の書き方もあるということになる。

どうしてこんな、自分でもよくわからないばかばかしいことを書いているかと言えば、次に示す亀山訳の文章を読んで考えているうちに、すっかり混乱させられてしまったからだ。ポルフィーリ曰く、「ある男」が自分から殺人の罪をひっかぶったのだが・・・

なんせ、次から次へと幻覚を並べたて、事実を示し、状況を話し、並みいる相手を煙にまき、混乱させてしまった(亀山訳370ページ)

読みやすい。それは今でもわかる。だが、これを初めて読んだ時どのように理解したか、もう思いだせない。もしかすると、幻覚を並べたてることと、事実を示すことは相反する事じゃないかという、消化しきれない何かを感じたかもしれない。あるいは・・・

最初の部分に相当するцелую галлюсинацию подвелという一節、まるまる幻覚を持ってきた、という意味のよう。つまり、「ある男」の持ち駒は全部幻覚ということらしい。江川訳はそれに配慮している。「幻覚を一から十まで並べたてて、事実は提示する、状況は説明するといった具合で」といった具合。誤読の余地はない。但し、原文に「といった具合」なんて書いてない。なくてすむならその方がいいかも。では、亀山訳は・・・

いいような気もするが、しかし、誤読の可能性を感じる理由の一つは・・・「並みいる相手を煙にまき」である。意図的であることを示す「煙にまき」という表現はそもそもあまりこの場にふさわしくないと思うが、この、どうだ!と言わんばかりの言い方が、事実の運び手のはずの幻覚を表舞台に引き出してしまうからだ。とはいえ・・・まあ・・・いいとしますか。わけのわからない話はきりあげて、今の部分の続きから、本題。

45 и как узнал про то, что он убийцам дал повод, затосковал, задурманился, стало ему представляться, повихнулся совсем, да и уверил сам себя, что он-то и есть убийца!

自分が犯人にきっかけを与えたってことを知ると、急に気がふさぎだし、意識ももうろうとし、幻覚にまでなやまされるようになって、すっかり腑抜け状態になってしまい、とうとう自分が犯人だと信じこんでしまったわけです!(亀山訳370ページ)

「意識ももうろう」と「腑抜け」についてちょっと。まず・・・

задурманитьсяは辞書によると(ウシャコフさんとかダーリさんに嫌われてしまって一ヶしか見つからなかったので頼りきってはいけませんが)、明晰に考える能力を失うこと。じゃ、「意識ももうろう」は間違いかというとそうじゃない。задурманитьには、「論理的な思考力を奪う」のほかに、「意識をぼんやりさせる」なる意味がある。ま、おいらは、ちゃんとものが考えられなくなるほうがいいと思うけど。

повихнутьсяも、あまり使用頻度の高い単語じゃなさそうですが、ウシャコフさんとダーリさんのおっしゃることを総合すると、(頭が)おかしくなっちゃう、あるいは、正しい道からはずれる、という具合であんして、どうも「腑抜け」とは違いそう。

46 少し戻って。ポルフィーリー、ラスコーリニコフがばったり倒れちゃったことへの当てつけ話。

もののみごとに嘘はついてみせた、でも、自然ってやつを勘定に入れるのを忘れていた。ほかでもない、こういうのを浅知恵っていうんでしょうな(亀山訳363ページ)

натуруは「自然」と訳した方がかっこいいから、皆さん、そう訳すんでしょうね。中身は、人間の性質、みたいなものかな。さて、疑問は、「ほかでもない」以下。原文がわかりにくい。

Вон оно, коварство-то где-с!

оноとはなんだ? гдеはどこだ? とかは、わてには解決不能。ほかの方の訳も参照しあんしょう。

中村訳: ここにもう危ない陥穽があるんですて!
工藤訳: まあこれが、奸知の限界ですね!
江川訳: まあ、これが猿知恵というものですかな!
亀山訳: ほかでもない、こういうのを浅知恵っていうんでしょうな!

ますますわからない。いやはや、どこに陥穽があるんだろう。猿も陥穽に落ちる?・・・

少し前にОно, положим, болезнь「たしかに、病気のせいもある」というところがある。ここでОноは「ばったり」をもたらしたもの、あるいは、そういう状況はさしているんだろうか。Вон оноは、そのことと、「人間の性質を勘定に入れていない」ことを受けて、「それでそういうことになる」、というような意味って考えちゃいけないのかな。

一方、коварствоは狡猾さ、あるいは、悪意ある行為、計画・・・гдеは、いずこ というわけで、甚だ勝手読みながら、総合すると、「言わんこっちゃない、悪だくみも形無しでございます」てなもんや。こんなところがおいらの浅知恵の限界。ふうむ、悪賢さの含まれている、工藤訳に一票入れときますかあ。

47 У вас-то болезнь, а у него добродетель, болезнь-то и выходит к нему прилипчивая

中村訳: あなたのは病気、あの男のは親切だが、病気って奴は、じきあの男にも感染しますからなあ
江川訳: あなたのは病気で、あの男のは善意ですが、病気という奴は伝染しやすいんですな
亀山訳: あなたのが病気なら、あの男は善意です、で、病気っていうのに、あの男は伝染しやすいたちでしてね

病気一般の話じゃないのは明白とはいえ、一般に伝染しやすい、みたいな江川訳が変だというので、ラズミーヒンがうつりやすいたち、と亀山さんはしたわけだ。ふうむ、そうなのかなあ。わかりません。прилипчиваяは病気が「伝染性の」ってことでしょう。すると、すなおーに読むと、「病気ですからあの男に伝染することにもなりますよ」だと思うんだけど・・・

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