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2010年12月 6日 (月)

罪と罰第4部(8)внушительноのつづき

すぐに『罪と罰』に戻りますよって、もう少々ね、внушительноの話の続き。 

(3) 第2編の4 病気が治った例を言いにきたリーズを見て、オブドールスクの修道僧がゾシマ長老に言う

「どうして、あんな大それたことをされるのです?」諌めるような、ものものしい態度でリーズを指さしながら、修道僧は尋ねた。彼はリーズの「全快」のことを仄めかしていたのだ。
「そのお話をするのはむろん早すぎます。楽になったからといって全快を意味するわけではありませんし、ほかの理由でも起こりえることですからね。でも何かがあったのだとすれば、それは神のおぼしめし以外の何ものの力でもないのです(亀山訳143ページ)

前にも書いたが、わたくしめの考えでは、フム、あくまでわたくしめの考えですが、これは誤訳。だって会話になってないもん。諫言するなら全快してからにしてください? 
そもそも諌める理由がない。病人を連れてやってくる人々に会うなというのか。
たしかにオブドールスクの修道僧は前から長老制を有害な新制度と思っていた。しかし、ホフラコワ夫人の手紙が伝えた奇跡に衝撃を受けたではないか。
それに、隣にホフラコワ夫人とリーズがいるのに諌めるなんて失礼じゃないか。
米川先生、原先生も同様。信じられない。もしや信じられないのは自分の頭のほうではないかという疑念を押さえつけながらもう一度原文に目をやれば、

, внушительно и торжественно указывая на Lise,

と書いてあるではないか。言い方でも、全体的な雰囲気でもない、リーズを指さすその態度がвнушительноなのではないか。どうやれば諌めるように指させるのか。明らかにこれは、「大きな身ぶりで」指さしたのだ。いや、指さすというより、手で示したというべきか・・・当然、「あんな大それた」云々も肯定的に訳さねばならぬ。(隣にいるとすれば、「あんな」もどうかな)


『カラマーゾフの兄弟』のвнушительноに関しては、ほかにも問題と思われる個所があるのだが、わずかな状況証拠で結論を出すわけにはいかない。もう一度、この単語の扱いについてはよく考えていただくことを先生方にお願いして『罪と罰』に帰ろう。

『罪と罰』にも何度かвнушительноは登場する。たとえば、

「そのことで正確な情報を持っているとかおっしゃいましたが、それって、ほんとうですの?」たしなめるような、きびしい調子でドゥーニャはたずねた。(ルージン氏に)(亀山訳255-6ページ)

たしなめちゃっていいかどうか疑問だけどいいとしましょ。ルージン氏は「そのことで正確な情報を持っている」と言ってはいないので、「本当にそれについて正確な情報を持ってらっしゃるんですか?」という訊き方がいいと思うけど、それもいいとして、次の例をちと考えてみたい。

第4部の2。スヴィドリガイロフの申し出を今は言えないというラスコーリニコフにルージンが気を悪くして席を立とうとする。ドゥーニャがお話があるんでしょうと引き留める。ルージンはその通りですと腰を下ろすのだが。

再び椅子に腰をおろしながら、威圧的な調子でピョートル・ペトローヴィッチは言ったが、帽子はまだ手に持ったままであった。(中村白葉訳)

ピョートル・ペトローヴィチはまた椅子に腰をもどしたが、帽子はやはり手にもったままで、意味ありげに言った。(工藤精一郎訳)

ルージンはまた椅子に腰をおろしたが、帽子は手からはなそうとせず、なじるような口調で言った。(江川卓訳)

ルージンはまた椅子に軽く腰を下ろしたが、帽子はそのまま手から離そうとせず、どこか言いふくめるような口調で言った。(亀山郁夫訳)

внушительно : 威圧的な調子で、意味ありげに、なじるような口調で、言いふくめるような口調で。これだけばらつきがあるということは、これらのうちのどの意味も、本来、внушительноにはないということかもね。いずれにせよ、使用に耐えるのは一つ以下のはずだが、かといって、否定するのも難しい。しかし・・・
先生方は御自分の訳がいいと思ってらっしゃるから平気なのかもしれないが、こんな状況、いいのかね。
たとえば、「なじる」だが、ルージン氏がなじりたいような気分であることは大いにありうるし、四つの訳の中で江川訳が最も実態に近いのではないかという気もするが、しかし、しかしである。внушительноになじるような意味合いはまったくない。ルージン氏がなじっている証拠もない。ほかの三人の訳者さんはその気分を感じとっていない。ああそれなのに、それなのに、ねえ・・・なじるようななんて訳してかまわない? もちろん、こんなこと、このシーンにも、物語全体にも影響はない。だが、こういうことをしてもいいという考え方が、いざという時、「諌める」などというスカタンな解釈を呼ぶのだ。

もちろん、ほかのお三方の訳も推薦する材料はない。同じ伝で、訳し方そのものに疑問があるから。内容も、帽子をおいていないことからすると、工藤訳はたぶんダメ。亀山訳も不利。

じゃあどうするんだようと言われても、おいらにはわからない。でも、たぶん、たぶん、この場面、ルージン氏は、物々しい言い方をしたのだろうと思う。それならвнушительноの本道からはずれていないと思うので。

さて、внушительноについては、さらなる検討が必要・・・だが、わてがこの単語をどのようにとらえているか、それが正しいかどうかはともかくとして、ぼんやりと見えてきたと思う。もう一つの例にそれをあてはめて、ひとまず、ということにしよう。

第3部の4。ラスコーリニコフがポルフィーリーに会いに行く途中、ラズミーヒンに何らかの印象を与えたくて、「いまいましい熱病」という言葉を使う。

О бреде он произнес особенно внушительно

彼は熱病という言葉にとくに力をこめた。(江川訳)

熱病という言葉を、彼はとくに思わせぶりな口調で言った。(亀山訳)

今までの議論からおわかりだろうが、わてとしては、江川訳に軍配。

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コメント

初めまして。
今4人ばかりで「カラマーゾフ」を読んでいます。やはりвнушительно でひっかかり、あれこれ考えているところで、おもしろく読ませていただきました。

投稿: かもめ | 2014年2月23日 (日) 23時37分

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