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2009年1月 6日 (火)

カラマーゾフ第11編 その10

本日はこんな場面から。下手な説明をするより少し長めに引用してみましょう。光文社古典新訳文庫『カラマーゾフの兄弟』4の245ページの後ろのほう。

 「アリョーシャ、おれにほんとうのことを言ってくれ、神さまの前に出たつもりで。おまえは、おれが犯人だと信じてるのか、それとも信じていないのか? おまえは、おまえ自身は、信じてるのか、信じてないのか? ほんとうのことを言ってくれ、嘘は言うな!」彼はわれを忘れて叫んだ。
 アリョーシャは体全体を揺さぶられたような気がし、心臓を、何かするどいもので刺しつらぬかれたような気がした。
 「何を言うんですか、兄さんが・・・・・」彼は、途方にくれたように、何ごとかをつぶやきかけた。
 「真実だ、真実を言ってくれ、嘘はつくな!」ミーチャは繰り返した。
 「兄さんが犯人だなんて、一瞬たりとも考えたことはありません」アリョーシャの胸のうちから、震える声がとつぜんほとばしり、あたかも自分の放った言葉の証人に、神を呼びまねくかのように右手を差し上げた。至福の光が一瞬、ミーチャの顔全体を照らし出した。
 「ありがとう!」意識を取りもどした人がため息を吐きだすように、彼はゆっくりとつぶやいた。「いまこそ、おまえはおれを生き返らせてくれた・・・・・信じられるか、これまで、おれは怖くて、おまえにたずねられなかった。おまえにはな、おまえにはだ! さあ、行け、行くんだ! おかげで、明日に向けて元気が出てきた、ほんとうにありがとうよ! さあ、行け、イワンを好きになってくれ!」ミーチャの口から、思わず最後の言葉がほとばしった。


まずはこれ:

「何を言うんですか、兄さんが・・・・・」彼は、途方にくれたように、何ごとかをつぶやきかけた。

- Полно, что ты...- пролепетал было он как потерянный

途方にくれた。どうして途方にくれちゃったの。米川さんも原さんも「途方にくれたように」だから、как потерянный を、そう訳すのは常道なんだろうけど、しかし、途方にくれたというと、困った、迷った、まごついた、という印象。まるで本当のことが言いにくいよう。そうではなく、自分までが疑っているかもしれないとミーチャが思っていることにひどいショックを受けて言葉を失っているのではないのかな・・・ま、わての感覚が変なのかもしれんでな・・・とにかく、ミーチャとアリョーシャの信頼関係が大事な所と思うのでありますが。というのも、次:

Веришь ли: до сих пор боялся спросить тебя, это тебя-то, тебя!

ここは米川さん、原さん、亀山さんの訳を並べてみましょう。

米川訳:まあ、どうだ、今まで俺はお前に訊くのを恐れていたんだ。このお前にだよ、お前にだよ。(岩波文庫四巻78ページ)
原訳:本当の話、今までお前にきくのがこわかったんだ。なにしろ、相手がお前だからな!(新潮文庫下巻224ページ)
亀山訳:信じられるか、これまで、おれは怖くて、おまえにたずねられなかった。おまえにはな、おまえにはだ!

つまり、原さんは、「相手がお前だから」、米川さんは「相手がお前なのに」。さ、どっちですい、え?亀山さんのは、独特の(意図的な?)破調が感じられるけど、原派ですか。

さて、「お前にきくのが怖い」のはなぜですか。最も信頼する相手が自分を信じていないことには耐えられないから。しかし、一方、「きく」こと自体、相手の信頼に疑念をさしはさむことになる。その疑念はアリョーシャにとってとてもショック、悲しいことであると同時に、予審以来、ミーチャが味わってきた絶望を示すものであって、それをアリョーシャも痛切に感じたから(てなことは、引用箇所の次の段落にちゃんと書いてありましたね、すんまへん)、「何を言うんですか」という非難めいた言葉ははっきり発音されなかった(пролепетал)。そんなアリョーシャの気持ちは、むろん、ミーチャにも伝わっているし、ここまで、心のうちではアリョーシャを信じる気持ちと誰も自分の言うことを信じてくれなかった絶望が戦っていただろう。疑いが晴れてみれば、あってはならないはずの自らの疑念を打ち明けた「お前に訊くのが怖かった」ことを、「信じられるか」ということになる。

と、これは「相手がお前なのに」を支持する説だ。「相手がお前だから」はどうかなあ。相手の心を見ようとする気持ちのない、鈍ミートリーという感じですが。アリョーシャが大事だから、ということを言うにしても、「なにしろ、お前が相手だからな」はなんだか間抜けというか、意味不明寸前という気がするけど、わての読み違いでっか?亀山訳は「おまえにはたずねられない」ことを強調して、「おまえ」の価値は上がっているけど、そういう問題じゃないと思うんだけどな。しかしまあ、さかんに「ありがとう」なんて言ってるところをみると、鈍ミートリーさんですか。といっても、あとのほうの「ほんとうにありがとう」: благослови тебя бог! はgod bless you!ざましょ、ほんとうに「ほんとうにありがとう」が適切かどうかは神様にまかせますか。

あとねえ、「イワンを好きになってくれ」だけど、「さあ、行け、」と一体なのよね。

Ну, ступай, люби Ивана!

今度はイワンを生き返らせてやってくれ、の意味を含んでそうな気がするんだけど。そうすると、「好きになってくれ」とは、亀山宇宙では一致するのかもしれないけど、わての小世界ではなかなか・・・

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