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2006年11月 5日 (日)

まだらの紐

私が初めてホームズ物を読んだのは子供向けの全集に入った短編集だった。記憶違いでなければよりぬき物で、赤毛連盟や踊る人形などとともにまだらの紐も入っていたと思う。当時の印象を思い起こすことはできないし、その後何度か読みかえしたので、もはや『まだらの紐』という言葉に対する白紙の印象を想像することもできないが、この題名が強く印象に残ったこと、それを聞いただけで物語の不気味な感じがよみがえってくるのは確かで、従って、内容にふさわしい邦題だったのだろうと思う。これが『まだらのバンド』とか、ましてや『縞々帯』とかいう題ではそうはいかないだろう。尤もこれは子供心に刷り込まれたものがそう感じさせるのかもしれない。この物語を知らない人は、まだらの紐、と聞いてどんなものを思い浮かべるだろうか。

原題は、The Adventure of the Speckled Band、である。'band'は紐とは少し違うようである。もちろん、紐とも訳せるようだが、どちらかというとヘアバンドとか、帽子の周りのリボンみたいなものとか、腕章とか、リストバンドとか、あるいは髪を後ろで縛るものとか、輪ゴムとか・・・である。ズボンのベルトは日本のようにバンドと呼ぶことはなくbeltというようだが、蛇、と考えると、その質感から見ても、本当はベルトがふさわしいかもしれない。しかし、この小説ではジプシーの群れをまた、'band'と呼んでいる。楽団をバンドというように、bandには一団という意味があって、このかけことばによってダイイングメッセージは読者を惑わせるものとなる。ところが地口を訳すことはできないので、註をつけるか、無視することになるが、どちらにしても原文の味わいが少々損なわれるのは仕方がない。また、この小説でもう一つ重要な役を果たすのが、ベル、呼び鈴を引っ張るためのropeである。私としてはそれこそ紐と訳したいところではあるが、あらぬ混同を招かないよう、それは避けたほうがいいとも思う。

まだらの紐、というと小さな斑点のいっぱいついた紐と感じる人が多いだろうか。実際、speckledという単語も小さな斑点のついた、という意味である。ロイロット博士の頭に巻かれた紐を見たワトソン博士の描写でも、yellow band, with brownish speckles(茶色っぽい斑点のある黄色い紐)である。ところが、ホームズは"It is a swamp adder!"と言う。swamp adderと呼ばれる蛇はいくつかあり、そのうちインドにもいるのはBungarus fasciatus(キイロアマガサ)という蛇のようである。普通1~1.5mで黄色と黒の縞模様で、毒蛇だが臆病で普通はかまれることはないが、夜間は活発になり、より危険だそうだ。なお、その模様がたくさんのバンドを巻いたように見えるので、普通、Banded Kraitと呼ばれる。ドイルはあやふやな知識で書いたのか、それともわざと実物をさけたのだろうか。

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