« ヘキソミノ | トップページ | ジョイス・二人の色男 »

2006年10月27日 (金)

唇のねじれた男

現代の基準に照らして過去を裁くのは公正を欠く、とはかねてから私も思っていたことではありますが、ああいうやからにそれを言われるとげんなりする。あのお代官様に対する農民のような『ごぜェます』という口調を聞くと、前のおじさんよりましかな、とも思うが、その、前のおじさんからいまや党全体に蔓延しているらしい厚かましさにはうんざりする。ああいうエセ改革家の恐ろしさの本質については百五十年近くも前にステパン・トロフィーモヴィチが喝破したところであるから、今更言うがものでもないが。まあ、政治家を批判するなど、過去を批判するよりさらに愚かなことであり、これもまた無意味な枕となったのではあります。

さて、本題ですが、今更百年も前の翻訳の誤訳を指摘してもしょうがないと思うんですよね・・・実は、ある論文があまりにナニなのでナニしようと思ったのですが、いや、本当にあまりにナニなのでナニするのもナニだと思い直し・・・どうしようかなあ・・・まあ、私が書くまでもない、誰でも見りゃわかることだ。腰砕け・・・察してやってください。

とはいえ、このままでは『唇のねじれた男』を検索してここに来た人には失礼ですので、その論文がここにあることだけはお示ししておきましょう。ご判断はそれぞれに・・・論文をインターネットに載せたご趣旨は清末小説研究会へのいざないかとも思いますが、・・・フム、どうもあれが大学の論文集に載るとはねえ・・・げせないなあ。・・・そういうとどこが悪いんだって言う人がいるかもしれないが、だってねえ・・・ま、そういってくる人がいたら考えましょ。

|

« ヘキソミノ | トップページ | ジョイス・二人の色男 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 唇のねじれた男:

« ヘキソミノ | トップページ | ジョイス・二人の色男 »