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2006年8月10日 (木)

カラマー族の兄弟分・白痴2

ロシアの方が見て気を悪くすることもないと思いますが、素朴な疑問を一つ。私の想像ではペテルブルグあたりに住むロシア人は皆色白だという気がするのですが、ロシア人同士で見れば色の白い、黒いがあるのでしょうか。

白痴のラゴージンがчерномазый(チェルノマーズイ:浅黒い、色黒、黒人)と(語り手に)呼ばれているので、ふとそんなことを考えたのですが、さて、このチェルノマーズイの訳語はどうしたものでしょう。まずは冒頭のラゴージンについての描写から、ちょっと長くなりますが引用しましょう(拙訳)。

その一人は背は低めで、二十七歳、ほとんど真っ黒な巻き毛、灰色の小さな、しかし燃えるような目をしていた。鼻は平たく広がり、頬骨の高い顔だった。薄い唇には絶えず厚かましい、あざけるような、悪意さえある微笑が浮かんでいた。しかしその額は秀でて形よく、下品な発達を遂げた顔の下半分をカバーしていた。特に目につくのはその顔の死人のような青ざめ方で、それが、かなり頑丈なつくりにもかかわらず、若い男の顔全体にやつれた感じを与えていたが、また同時にそれは、ずうずうしい粗野な笑みや、鋭い、自己満足したその目つきと調和しない、苦しいまでに情熱的な何かを伴っていた。

自己分裂気味のラゴージンのいわくありげな描写ではありますが、見ての通り、浅黒い、とは書かれていません。もちろん、病的な青ざめているのと、もともとの浅黒さは矛盾しませんが、この文章を見て浅黒い顔を想像はしませんよね。それどころか、これをいきなり『浅黒い男』と呼ぶのは無理があるような気がします。ところが、この後語り手は初め二度ばかりこの男をчерноволосый(黒髪)と呼んでいるのですが、少しして突然、

会話が始まった。スイス式マントを着たブロンドの若い人は目の前の浅黒い男のあらゆる質問に対し、(以下略)

と、ラゴージンは『チェルノマーズイ』になります(ちなみにブロンドの若い人はムイシュキン公爵)。この後も『チェルノマーズイは尋ねた』式に計12回(ラゴージンと自分で名を言う前後まで)、ラゴージンはチェルノマーズイと呼ばれます。で、上の訳例ではチェルノマーズイを浅黒い、としてみましたが、どうも違和感があります。というより誤訳だという気が。

浅黒い顔なら、最初の人物描写でそう書くでしょう。背が低めで、真っ黒な巻き毛、燃えるような目、それに浅黒い、となればラテン系を思わせる、情熱型の人間、それで筋が通ってるじゃないですか。でもそう書いてない(それにはわけがあるにちがいない)。だとすると、ラゴージンは全然浅黒い顔じゃないんじゃないでしょうか。では、チェルノマーズイは?黒い髪、それとラゴージンが黒いコートを着ているので、全体の印象をとらえて『黒い人』といったのでしょうか。

なぜ、あえてチェルノマーズイなんでしょう。черномазыйを分解すると、черноは『黒に』、мазыйはмазать(塗りつける)から派生したらしい。では、『黒塗り』ですか。別に意味もなさそうですが・・・しかし。

ここで、『カラマーゾフの兄弟』の中で、スネギリョフ夫人がアレクセイ・カラマーゾフを『チェルノマーゾフさん』と呼んでいることを思い出さないわけにはいきません。ロシア語のカラ(кара)は刑罰、報いの意味ですが、昔のロシア語ではカラ=黒い、だったようで、カラマーゾフも黒塗りさんですね。ま、それでスネギリョフ夫人はチェルノマーゾフさんと呼んだのでしょう。え、関係ないだろうって?いや、ラゴージンにチェルノマーゾフ一族誕生の匂いを嗅ぎ付けなくてどうしましょう。

『カラマーゾフの兄弟』という邦題に『の』の字が入ったのは『カラマーゾフ』が単なる姓にとどまらず、いわゆるカラマーゾフ的なものを示す言葉でもあるから、という卓見は江川卓さんでしたっけか。ドストエフスキーは一家を描くことで『カラマーゾフ』を創造したわけですが、それ以前にドストエフスキーにとって『カラマーゾフ』はカラマーゾフだった、そしてそれはラゴージンをチェルノマーズイと呼んだ時に始まっていたのではないでしょうか。すなわち、『チェルノマーズイ』は最初に引用した部分すべてを、喜劇的な出だしの割には暗い(黒い)ものを含む描写を、さらには暗い結末を予感させる言葉として使われているのではないでしょうか。

しかし、だとすると、どう訳すんでしょうねえ?

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