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2006年8月18日 (金)

続・ボヘミア王の妄想

前回の続き。この事件はすべてボヘミア王の妄想なのである。この物語は妄想とお芝居から成り立っているのである。

王がホームズの部屋に登場し、正体を見破られ、覆面をかなぐり捨てる最初のシーンからして猿芝居である(陛下は女優に恋したぐらいであるからお芝居は大好きである)。フォン・クラム伯爵という役どころに胸躍らせてホームズを訪ねたのである。しかし、それはきんきらきんの国王演ずる伯爵であらねばならず、ひょっとすると、ホームズが王と見破ってくれなければ逆に怒ったかもしれない。

いや、王がひと芝居打っているという証拠がある。王は言う、事が微妙ゆえ、代理人を立てられぬ、その男に弱みを握られるから、それでお忍びで来た、と。ところが、しばらくしてホームズに答えて言う、問題のものを五回、彼女から盗もうとした、二度は夜盗が家捜し、一度は列車で、二度は待ち伏せ・・・信じられる代理人も立てられぬのに、夜盗を信用するのか?要するに王は好きでやってきたので、そうじゃなければ最後の場面でものこのこホームズについていくことはない。

さて、それでなくとも王の話は、『この問題は巨大なスキャンダルとなってヨーロッパの歴史に影響を及ぼす』と、少し誇大妄想気味である。また、『私がほかの女と結婚するくらいなら、彼女(アイリーン)はどんなことでもするでしょう』という言葉も、『彼女がその男(自分以外の男)を愛するはずがない』という言葉同様信用できない。それどころか、どうやらアイリーンは王を何とも思っていない、王の妄想なのである。

ではなぜアイリーンは脅しをかけたか?恐怖と怒りと軽蔑からである。最初に思い込みから夜盗など仕掛けたのは王の方だったのだ。彼女は身を守るために自分の力を見せ付けたのであって、実際に写真を送りつける気はなかったにちがいない。いや、その『脅し』とて怪しいものだ。王はホームズの質問に答えて、初めは筆跡が、便箋が、印章がと言っていたのに、写真が問題であることが明らかになると、写真、写真の一点張りである。

結局、アイリーンは『ただ身を守るため、将来陛下がどのような手段をとられても永久にわたくしを守る武器を保持するため、あれ(写真)は取っておき』、王は『これ以上の成功はないよ。彼女の言葉は神聖ですからね。写真はもう火に投じたも同じ』と喜ぶ。何のことはない、アイリーンは陛下を信用せず、陛下は一言でめろめろである。すべて陛下の妄想だったのである。

疑念をお持ちの方のため、一言付け加えておこう。なぜアイリーンが結婚を急いだか?物分りの悪い、うぬぼれ屋で、妄想狂の王に充分納得してもらうためだ。

さて、ここまで読んでいただいた方はホームズ物が好きな方でしょう。そこで聞いていただきたいのですが。青空文庫にもある大久保ゆうさんの翻訳なさったボヘミアの醜聞なんですが、どうしてもひとつ引っかかるところがあります。二の途中、ホームズがワトソンにアイリーン・アドラーの結婚話を説明した後のところです。以下大久保さんの訳を引用。

「コールド・ビーフと一杯のビールだ。」と呼び鈴を鳴らし、「食べ物のことで頭がいっぱいなんだ。今宵は別のことでいっぱいになるだろうがね。(以下略)

『食べ物のことで頭がいっぱいな』ホームズなんてホームズじゃない!ホームズが好きな方なら同意してくださいますよね。そこで原文と拙訳。

“I have been too busy to think of food, and I am likely to be busier still this evening.

「忙しくて食べることなんか考えられなかったし、今夜はさらに忙しくなりそうだ。

どうも拙訳の方がよさそうな気がするし、ホームズの人物像にかかわることだし、短編集の第一作からとんちんかんなホームズでは困るし、青空文庫は結構影響力大だし、で、考え直してもらえたら、と大久保さんにメールしたのですが・・・無視されてしまったようです。迷惑メールにされたか、ばかめ、と思われたか。なにしろ大久保さんは京都大学の大学院で翻訳を勉強なさっているようですからね。それにひきかえこちらは・・・とほほ。

そこで、賛同してくださる方、大久保さんにやいのやいの言ってみませんか。アドレスはボヘミアの醜聞の作品の下、もしくはベーカー街のパン屋さんにありますので。

追加。後日、大久保さんから丁寧なご返事をいただきました。この場を借りましてお礼を。その上、叱咤激励されてしまいました。『もっともっと自信を持って、「ここは違う!」と断言した方がいいですよ。・・・誤訳指摘は、そこに事実しかないのですから、卑屈にならず、偉ぶらず、そして勇気を持って行うのが良いと思っています。』いやごもっとも。しかし、そういう性格なら地下室にこもったりしないです。まったくメールにも卑屈がにじみ出るとは・・・とほほ・・・ま、何はともあれ、めでたし、めでたし。

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